「五月のミル」原作より(終)
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人それぞれに得手不得手はあるとおもうのですが、文法的に言えば、わたしは初級のころ「動詞の活用」と「比較・最上級」が苦手でした。今でこそ副詞と形容詞の区別はつきますが最初のころはよくわかってなくて、mieuxmeilleur が見事頭の中でからまっていました。さらに進めば進むほどに、いわゆる教科書に載っている比較級ばかりが比較でない、davantagepis などの使い方が限定されるものや、成句的になったものまで出てくる。さあこうなると文法書だけでは補いきれない。

日本語でも、自分たちの会話をよく意識して聞いていると、わたしたちはよく「比較」しながら話をしていることに気がつきます。「あれがいい」「これがいい」では物足りなくて、「あの店よりもこの店がうまい」「俺に比べるとあいつときたら」「あっちよりこっちのブログが面白い」とか・・・。まるで人間という種は、四六時中、物事を比較しながら生きてる動物みたいです。

そしてフランス語もその比ではなく「比較」は至るところに出てきます。
そして、これが外国語の特徴なのだとおもうのですが、言ってることをそのまま日本語に訳しても“なんか変”で“不自然”な文章も少なくありません。
この「五月のミル」にもそんな比較文が出てきます。

ミルの娘カミーユには子どもが3人。フランソワーズとその下に双子の男の子がいます。
この双子の男の子が年は5、6歳ぐらいでしょうか。普段は仲良くしている彼らも時として遊びがこうじて喧嘩になります。庭で土ぼこりをあげて取っ組み合いをしている二人をみて、ミルが仲裁にはいります。

Milou : Arrêtez ! Mais attêtez ! Vous savez très bien qu'il n'y en a pas un plus fort que l'autre. Allez !

直訳すると「やめなさい!どちらかがもう一方より強いことはないのはよくわかっているだろう!」なのですが、何か変です。日本語では普通こんなこと言いません。
この場合、喧嘩しているのは双子なので、体の大きさも腕力も互角。互いを殴る力の配分も同じなので殴り合ってもどちらかが勝つことはないだろうという、ある意味、理にかなった言い訳なのですが、わたしとしてはこんなところがとてもフランス語的なんておもってしまいます。
この場合、どういう言い方が自然なのかは今浮かばないのですが、字幕では「引き分けだ」という風になっていました。うん、つまりそういうことなのでした。お互いの腕力が同じなので、喧嘩しても延々とするはめになるからやめなさいと。

そしてもうひとつ。

ドゴールが逃げたという情報が飛び込み、路頭に迷うことになったミル一家。みんな夕立でずぶ濡れになりながらこれからどうなるんだろうという不安でいっぱい。こんな悲惨な経験、生まれてはじめてですからね。当然、この災難の元凶となった若者をみんなで責め立てます。

「お前らがこんなこと始めたからいけないんだ!」
「あんたたちのしたことの結果がこれよ!」
「世界を作り変えるだと!バカなことしおって!」
あげくの果てに、
「歯磨きの中身を出すのは簡単だけど、元に戻すのは大変だ」なんて、妙な理屈で責め立ててくる輩もでてくる。
(↑あ、これも比較文だわ 笑)
C'est plus facile de faire sortir le dentifrice d'un tube que de le remettre dedans.

革命で理想に燃えていた若者、キレる。「お前ら何もわかっちゃいない!大人はみんなバカだ!」と暴言を吐いたとたん、ついに親父のビンタが飛びます。「いいかげんにしろ!」

でもフランスの若者、こんなこと屁のカッパ。
だって今まで警官に向かって石投げてたんですもの。

Pierre-Alan : Tu frappe pas aussi fort que les flics !

直訳は「(親父は)警官と同じ強さで殴っちゃいない!」ですが、日本語にするとやっぱり不自然。
このところ字幕はどうなってたか忘れましたが、おそらく日本語だったら「ちっとも痛くないぞ」とか「もっと強く殴れよ」とか、警官という言葉を出したければ「警官と同じくらいに殴れよ」とか、そういう意味になるとおもいます。


と、こんな感じでこの「五月のミル」原作特集終わります。
もっといろいろあったのですがはしょりました。あまり長くなるとなにだし、細かく紹介して惰性的になるのもやだし。また何かおもしろい本見つけたらこんなことしてみます。
最後まで読んでくれた方、どうもありがとうございました。
| 2007/03/03 - 15h | 原作「五月のミル」より | Comment (0) | この記事のURL |


「五月のミル」原作より(7)
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あやしい言葉がつづきます。

ミルの弟ジュルジュの奥さんはイギリス人。リリーという名前でちょっと人目を引くきれいな人。そんな人をミルが見逃すはずはありません。弟の伴侶であるにもかかわらず、ミルは隙を見ては彼女にちょっかいを出します。
ついさっきも、ジョルジュがラジオのニュースにかじりついている間に、退屈したリリーを連れ bras dessus, bras dessous(腕を組んで)自家ワイン倉庫に行きワインを飲んでほろ酔い気分、二人で陽気になって帰ってきたばかり。

五月のミル(昼食会)その彼女がお庭での昼食後おもむろに一服・・・
煙草かな?とおもいきや、むむ、吸い方が違います。

Lily allume un joint,
un joint =マリファナ)

うーん、時代ですねえ、70年代ヒッピーの時代到来は目の前に。
そしてマリファナといえば・・・“まわしのみ”

... qu'elle fera circuler.
faire circuler =(手から手へ渡る・回される)

ex)faire circuler un livre(本を回し読みする)

フランス語を使っていて用心しなければいけないのが faire の使い方なんですけど、つい Elle circule... なんて言ってしまったら大変なことに・・・彼女自身が回ってしまう意味になるのでご用心。
わたしもこの faire の使い方で何度注意されたことか。
Je cuis de la viande とか言ったことないですか?(わたしは熱発生器か?!)

そして、回ってきたマリファナは“吸う”もの・・・

Milou tire une bouffée.

マリファナの場合は fumer は使わないみたいですね。
ミルはしとやかに一服でしたが、ミルの姪のクレールは「深く」吸い込んじゃいます。

Claire tire une grande bouffée.

ついでに、この tirer ですが、俗語で「麻薬を打つ」場合にも使うみたいです。辞書には載ってませんが。

そして最後にマリファナが回ってきたのがトラックの運ちゃん・・・
でも彼はすでにゴロワーズを吸って満喫しているので、こう断ります。

Non merci, je fume français.

粋ですねえ。わたしも言ってみたいです・・・Je fume japonais と。
でもそうなると銘柄が気になるところ。日本の代表的煙草の銘柄って・・・?


「五月のミル」原作より(終)
| 2007/03/01 - 20h | 原作「五月のミル」より | Comment (0) | この記事のURL |


「五月のミル」原作より(6)
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さあ、ちょっと間があいてしまったけどつづき行くわよ。
辛抱強く読んでくださっている方ごめんなさいね。もう少しでこのコラムも終わります。

さてさて、お母さんのお葬式に集まってきたのは実は家族だけじゃないんです。
ミルの弟ジョルジュの息子ピエール=アランが、パリからやって来る途中、おそらく道でヒッチハイクしたのであろう、彼を乗せたトラックの運ちゃんが彼らの中に加わり重要な役割を果たします。

ブルジョアだけの、言わばうさんくさい(すみません)雰囲気のなかで、良く言えば「庶民的」悪く言えば「柄の悪い」彼の存在がいい意味で映画のメリハリをつけてくれます。
彼はアンダルシアからトマトを運送中にミルの家に滞在することになるのですが、運んできたトマトが市場に到達するまえに熟してしまうのを見計らい、トマトを町のみんなに大判振る舞いすることにしました。

そしてその「トマト売り」のお手伝いをした可愛いフランソワーズの後ろ姿をまじまじと見てこう言います。

C'est bien parti, ça. Faudra la revoir dans cinq ou six ans.

最初に言っておきますが、この表現は家筋のいいお兄ちゃんはぜったい使ってはいけません。
実はこのエントリーを書くまえに友人のフランス人に確認しました。正確にはどういう意味なんだろうと・・・。そしたら第一声に「どこのヤクザが言ってるんだ?」という返事が返ってきました。
つまりそういう表現なんですね。いかにもトラックの運ちゃんが言いそうな言葉遣い。でも知っておくと場面の雰囲気の理解度があがります。

この場合、意味的には「もう充分イケるじゃないか、5、6年後にまた会わなきゃな」といった感じ。

5、6年後に会って何するか?
熟したトマトを食べちゃおうってことです。
この箇所、字幕では「5、6年後が楽しみだ」になっていました。
実際にはもっともっと品の悪い言い方のようです。

それを証拠に原作のなかでもこういう描写がつづいています。

Milou le foudroie du regard.
「ミルは彼を睨みつけた」

Milou en Mai 2自分の孫を目の前に、どこの馬の骨かわからない男にこんなこと言われた日にゃあからだも凍り付きますよね。
←右側にいるのが5、6年後には食べられちゃうフランソワーズ。

(誤解のないように書いておきますが、ここで問題になってる部分は C'est bien parti, ça. の箇所だけです)


「五月のミル」原作より(7)
| 2007/03/01 - 17h | 原作「五月のミル」より | Comment (0) | この記事のURL |


「五月のミル」原作より(5)
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公証人が遺言を読みはじめました。予測どおり3人に遺産が相続されるようです。
しかし、維持費のかかりすぎる屋敷と土地は売ってしまおうというという人たちにたいしミルは猛然と反対します。「僕は反対だ! 家具なんかはぜんぶ持っていけ 僕にはマットレスと自転車だけ置いていってくれればいい」
そんなミルに公証人ダニエルはこう揶揄します。

Daniel : Je vous rappelle que nul n'est tenu de rester dans l'indivision.
(↑いまひとつはっきりわかりません)
Milou : Ça veut dire quoi, ça ?
「どういうことだ?」(←フランス人にもよくわからないみたいです)
Daniel : Ça veut dire que si les autres héritiers décident de vendre, ou même un seul héritier, vous ne pouvez pas refuser.
「他の相続人が売ると決めたのなら、ひとりが反対することはできないということです」(最初からこう言えばわかるものを・・・)

それでも納得いかないミル。ブドウ畑だけ売ればいいじゃないかとか、二束三文で土地を売る必要はないとかひとりがんばってゴネつづけます。
そうこうするうちに公証人が一通の手紙を皆の前に差し出します。
どうやら先程の遺言の追記があるようです。
その手紙の封筒に書かれていた一言。

A n'ouvrir qu'après ma mort en présence des héritiers.

「私の死後、相続人の前で開封すること」

これはこのまま覚えても良さそうな表現ですよね。こういう言い回しがすらりと出てくるようになるといいなあとおもいます。というか、ちょっと早いけど遺言でも書いてみますか・・・

類文
Le magasin n'ouvre qu'à 10 h.「10時開店」


「五月のミル」原作より(6)
| 2007/02/19 - 11h | 原作「五月のミル」より | Comment (0) | この記事のURL |


「五月のミル」原作より(4)
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遺産相続は、お母さんの遺言どおり屋敷や土地、家具や食器、宝石などいろんなものを均等に分けなければなりません。そして財産の中に“コローの絵”があったのですが、飾ってあったはずの壁からいつの間にか絵がなくなっています。そのときの会話。

George : Le Corot est vendu ?
Milou : Oui. Pour refaire le toit.
Claire : C'est toi qui l'as vendu ?
Milou : Oui, par antiquaire de Bordeaux, un ami de Camille.
Claire : Tu t'es sûrement fait rouler.


ジョルジュ「コローの絵を売ったのか?」
ミル「屋根を修復したんだ」
クレール「あなたが売ったの?」
ミル「ああ ボルドーの古美術商に カミーユの友だちだ」
クレール「だまされたんじゃないの」

rouler には「転がる・走る・巻く」以外にも、「丸め込む・だます」という意味があって、se faire rouler で「だまされる、丸め込まれる」。

また、最近わたしがハマっているフランスのTVドラマ「ジュリー・レスコー」の中でよく聞こえてくる表現がこれ。

Ça roule !

特にウンゲマ兄ちゃんがよく言ってますね。
「すべて順調」という意味ですが、字幕では警察内の会話なので、上司からの命令に対し「了解」となっています。

また余談ですが se faire + inf. の使い方で知っておくといいことがあります。
これは文法に詳しいわたしの友人から聞いたのですが、se faire には「当人(se)の意思(volonté)」がそこにあるということ。
ですから上の場合、言葉の裏を訳すと「ミル自身が納得した上で絵を売った結果だまされてしまった」という感じになります。
あとよく使う表現でこんなのも・・・

Elle s'est fait renverser par un camion.(彼女はトラックにはねられた)
Je me suis fais volé.(盗まれた・泥棒にあった)

これなどは、上は、車が後ろから来たとか前から来たとか、ひき逃げされたとかぶつかったとき5m飛んだとか、そういう詳しい状況は抜きにして、「彼女は気をつけていたんだけどトラックにはねられてしまった」という意味合いがふくまれ、
下も同様で、まさか好き好んで泥棒にあう人なんていないわけだから「気をつけていたんだけど知らない間に財布(など)を盗まれていた」という感じかな。
このへんの「se faire の感情移入」に関しては人それぞれ、またその状況に応じていろいろと解釈ができるとおもいます。

ですから本など読んでいて se faire + inf. が出てきたときは、その裏の解釈も考えながら読むと言葉に含みが出てきますね。・・・というか、わたしが細かいことにこだわりすぎなのか?
というか、単純になぜ Elle est renversée par... と言わないのかなあと・・・おもってしまうわけですよ。


「五月のミル」原作より(5)
| 2007/02/19 - 11h | 原作「五月のミル」より | Comment (0) | この記事のURL |


「五月のミル」原作より(3)
一家の長が亡くなると必ず行なわれるのが遺産相続の類。
ヴュザック家の財産相続人は、長男ミルと次男のジョルジュ、そしてすでに亡くなってしまった長女の娘クレールの三人。・・・なんだけど、この長女の娘クレールがちとこわい。男といわず女といわずすべての人を敵に回しているみたいなところがあって、かつ挑発的。レズビアンで、今回も女友達マリー=ロールを連れてやってきた。

その彼女、書斎に安置されている祖母の遺体をのぞきこみ、一言。

「老けたわね」

そんな言葉にちょっと驚いた連れのマリー=ロール、こんな反応を示します。

Ça doit te faire de l'effet, quand même ?

字幕がなければ一瞬、どういう意味かわからない。少なくともわたしには。でも今となってはどんな字幕がついていたのか覚えていない。使われている言葉ぜんぶ知っていても言ってることがわからない。言葉の意味がわからなくて意味がわからないのはあたりまえだが、言葉の意味はわかっていてもひとつのフレーズになると意味がとれない。わたしだけじゃなくても、外国語を勉強している人は必ずぶちあたる「壁」。

以前見たTVドラマでの会話をおもいだす。

とある学校に有名なアイドルがやってくることになった。ここではそのアイドルの名前を仮に「プリオ」としておこう。あのプリオがやってくる!と学校中大騒ぎ。特に熱烈なプリオ・ファンの喜びようは半端じゃない。プリオが来るプリオが来る、と騒いでいるところにひとりだけ、しらっとした女の子が「プリオ?」と興味なさそうな風な反応を示す。
そこで熱烈なファンは彼女はこう言う。

Quoi, c'est tout l'effet que ça te fait ?

意味不明になりそうなので直訳は避けますが、この場合「なによ、そっけないわね」とか「それだけ?」とか、「あのプリオが来るのにたったそれだけの反応なの?」といった感じの意味です。

言い方は違うけどマリー=ロールの Ça doit te faire de l'effet, quand meme ? も、きっとこういうコトだろう。
「老けたわね」と冷たく言い放つクレールに対し「もっとなにか感じるものがあるんじゃないの?」とか「おばあさんが死んだのに、あなたにはたったそれだけの反応?」とか「もっと違う言い方があるはずでしょう」とか、または極端にいえば「何も感じるものがないの?」という意味なんじゃないでしょうか。

この何もかも人と違うクレールに対しても当然、好奇心娘フランソワーズのギモンは炸裂します。そしてまたお爺ちゃんにクエッション!

Françoise : Papie ! Pourquoi elle a pas d'enfant, tante Claire ?
Milou : Va le lui demander.
Françoise : J'ose pas.
Milou : Moi non plus.



「五月のミル」原作より(4)
| 2007/02/18 - 14h | 原作「五月のミル」より | Comment (0) | この記事のURL |


「五月のミル」原作より(2)
さあ、お母さんが死んだのでミルの家族たちが集まってきます。

と・・・いつも思うのですが、こういう設定って映画にありがち? 見方によっては映画的ともいえるかも。誰かが死んでその家族たちが集まってくる。「血がつながっている」というだけで、今まではそれぞれの生活を営んでいた者たちが集まり展開してゆく人間模様。「移動する」という映画的なプロットもしかり、そこには当然、財産相続をめぐる諍いもあるだろうし、兄弟姉妹の関係性も明らかになったり、また結婚・離婚などによって他人(異分子)が家族のなかに余儀なくはいってきて血族の根底が揺らいでゆく。そしてまたこれから家の名を継いでゆく子供たちの存在も大きい。お話の要素がこれだけたくさんあれば、映画のネタはつきないですね。
有名なところでいうとパトリス・シェローの『愛する者よ、列車に乗れ』だったり、これから公開するコリーヌ・セローの『サン・ジャックへの道』なんかも、遺言に動かされる兄弟姉妹たちを描いた映画ですね。

話をもどします。

ミルの娘カミーユ(ミウミウ)もこども3人連れて旦那と屋敷に向かいます。でも時は五月革命のまっただ中、車で移動中、デモをしている連中に道路をブロックされてなかなか先に進まない。彼女はこの革命に大反対。街頭でチラシを配っている若者たちのことをこう批判します。

Regardez-les qui font les malins. Toutes les occasions sont bonnes pour se la couler douce.

ほら、あの得意げになってる連中をごらんなさいよ。(彼らにとっては)この革命はのらくらするためのきっかけに過ぎないのよ、というようなことを言っています。
se la couler douce は「のんびり暮らす」という意味のエクスプレッション。

そしてこのカミーユの娘フランソワーズがまた楽しいのです。好奇心いっぱいの年頃で、大人たちの会話を盗み聞きしては「疑問」をミルに投げつけます。

カミーユと、彼女の幼なじみであり今は公証人のダニエルはちょっと怪しい関係。
フランソワーズはこの二人の立ち話を小耳にはさみます。どうやらダニエルはまだ独身のもよう。結婚しなくてもだいじょうぶ、今は“ピル”があるからね。という会話をしっかり聞いていたフランソワーズ、夜になってミルお爺ちゃんにさっそくクエッション!

Françoise : Papie...
Milou : Oui ?
Françoise : C'est quoi, la pilule ?
Milou : C'est le progrès.



「五月のミル」原作より(3)
| 2007/02/17 - 14h | 原作「五月のミル」より | Comment (0) | この記事のURL |


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