「五月のミル」原作より(6)
最初から読む

さあ、ちょっと間があいてしまったけどつづき行くわよ。
辛抱強く読んでくださっている方ごめんなさいね。もう少しでこのコラムも終わります。

さてさて、お母さんのお葬式に集まってきたのは実は家族だけじゃないんです。
ミルの弟ジョルジュの息子ピエール=アランが、パリからやって来る途中、おそらく道でヒッチハイクしたのであろう、彼を乗せたトラックの運ちゃんが彼らの中に加わり重要な役割を果たします。

ブルジョアだけの、言わばうさんくさい(すみません)雰囲気のなかで、良く言えば「庶民的」悪く言えば「柄の悪い」彼の存在がいい意味で映画のメリハリをつけてくれます。
彼はアンダルシアからトマトを運送中にミルの家に滞在することになるのですが、運んできたトマトが市場に到達するまえに熟してしまうのを見計らい、トマトを町のみんなに大判振る舞いすることにしました。

そしてその「トマト売り」のお手伝いをした可愛いフランソワーズの後ろ姿をまじまじと見てこう言います。

C'est bien parti, ça. Faudra la revoir dans cinq ou six ans.

最初に言っておきますが、この表現は家筋のいいお兄ちゃんはぜったい使ってはいけません。
実はこのエントリーを書くまえに友人のフランス人に確認しました。正確にはどういう意味なんだろうと・・・。そしたら第一声に「どこのヤクザが言ってるんだ?」という返事が返ってきました。
つまりそういう表現なんですね。いかにもトラックの運ちゃんが言いそうな言葉遣い。でも知っておくと場面の雰囲気の理解度があがります。

この場合、意味的には「もう充分イケるじゃないか、5、6年後にまた会わなきゃな」といった感じ。

5、6年後に会って何するか?
熟したトマトを食べちゃおうってことです。
この箇所、字幕では「5、6年後が楽しみだ」になっていました。
実際にはもっともっと品の悪い言い方のようです。

それを証拠に原作のなかでもこういう描写がつづいています。

Milou le foudroie du regard.
「ミルは彼を睨みつけた」

Milou en Mai 2自分の孫を目の前に、どこの馬の骨かわからない男にこんなこと言われた日にゃあからだも凍り付きますよね。
←右側にいるのが5、6年後には食べられちゃうフランソワーズ。

(誤解のないように書いておきますが、ここで問題になってる部分は C'est bien parti, ça. の箇所だけです)


「五月のミル」原作より(7)
| 2007/03/01 - 17h | 原作「五月のミル」より | Comment (0) | この記事のURL |


<<「五月のミル」原作より(7) | TOP | ニコラ・サルコジ、パパはなぜハンガリーを逃れてきたの?>>
コメント














管理者にだけ表示を許可する

| TOP |