フランス語と猫と映画のブログ(ブログ名変更しました 旧 ballon rouge)
葬式の頭
先日書いたエントリーのなかで、フランス語のエスプリは字幕には出ないうんぬん… などと書きましたが、もっとわかりやすく、何かいい例文はないかなあとおもっていたら、ありました。
TVドラマのなかで聞いた台詞。
とあるカフェに男が二人、座っている。
ひとりの方は、明日結婚式を控えているというラブラブな状況なのだが、しかし、その日の朝、鳥が血だらけになって死んでいるのを見たというのだ。なんだか不吉な予感…。なにか意味があるんじゃないだろうか、などと迷信深いことを話しているところに、顔見知りの若者が店に入ってくる。そして神妙な顔して座っている二人を見るなりこう言う…
Et ben dis donc, vous en faites une tête d’enterrement, hein !
意味は「なんだい、しけたヅラして」ってな感じでしょうか。
もっと丁寧に言えば「なんだい、浮かない顔して」「憂鬱な顔してるな」とか…
これを聞いて男は気を取り直し、明日結婚する友人に向かってこう言う。
Dis donc, à propos d’enterrement, on a invité tous les gars de la ville au café … ce soir, c’est la fête !
直訳すると「そうそう、葬式のことだけど、町の男みんな店に招待したぜ。今夜は騒ごうぜ!」と言ってるわけで、でも本当は「葬式」じゃなくて結婚前夜祭とでもいいましょうか、そんな感じなんですけど、ここでわたしが言いたいのは、先の若者の言った言葉 enterrement(葬式・埋葬)をうけて、男が言葉をつなげているわけで、いわば言葉の掛け合い、ピンポン的会話といいましょうか。
フランス映画やTVなどを見ていると、この手の、相手の言葉をうけて会話をつなげるテクが、とても多いような気がします。
もちろん日本でもこういった言葉の掛け合いで会話することもあるけれど、なんというか、あまりやりすぎるとうさん臭いというか(笑)、なんだこいつ?てな感じにもなりかねない。
そして、この「à propos d’enterrement(葬式のことだけど)」がもし字幕になったときどうなるのだろう?と考えると夜も眠れないわけですが(笑)、たぶん字幕はつかないのではないかと想像します。
ついても、「ところで…」だけになってしまうのが関の山?
葬式はどこへ…?(笑)
残念といえば残念なんですが、けっきょく原語で映画なりドラマなりを理解するということは、こういうことなんだろうとおもいます。生の会話を聞いてぷっと吹くか、字幕を読んでしれっとするか、この辺は言葉を知ってる者勝ちという気もします。
余談ですが、ここで間違っても la tête d’enterrement などと言わないように。
なんか、棺おけの中に入っている頭だけとか、これから埋める頭を作っている人などとカンチガイされそうです。
「頭」続きで余談ですが、grosse tête という言葉があります。
この言葉がまた不思議でして、
Il est une grosse tête
のように、etre+不定冠詞がつくと「物知りだ」「頭の切れる人」という意味になって
Il a la grosse tête
avoir+定冠詞を使うと「思い上がっている」という意味になるから不思議。
そしてまた faire une grosse tête は、「相手の顔がはれるほど殴る」という意味になるらしく、そうなるともうエスプリなんてあったもんじゃありません。というか、“でかい顔をつくる”…で、そのまんまじゃありませんか!
TVドラマのなかで聞いた台詞。
とあるカフェに男が二人、座っている。
ひとりの方は、明日結婚式を控えているというラブラブな状況なのだが、しかし、その日の朝、鳥が血だらけになって死んでいるのを見たというのだ。なんだか不吉な予感…。なにか意味があるんじゃないだろうか、などと迷信深いことを話しているところに、顔見知りの若者が店に入ってくる。そして神妙な顔して座っている二人を見るなりこう言う…
Et ben dis donc, vous en faites une tête d’enterrement, hein !
意味は「なんだい、しけたヅラして」ってな感じでしょうか。
もっと丁寧に言えば「なんだい、浮かない顔して」「憂鬱な顔してるな」とか…
これを聞いて男は気を取り直し、明日結婚する友人に向かってこう言う。
Dis donc, à propos d’enterrement, on a invité tous les gars de la ville au café … ce soir, c’est la fête !
直訳すると「そうそう、葬式のことだけど、町の男みんな店に招待したぜ。今夜は騒ごうぜ!」と言ってるわけで、でも本当は「葬式」じゃなくて結婚前夜祭とでもいいましょうか、そんな感じなんですけど、ここでわたしが言いたいのは、先の若者の言った言葉 enterrement(葬式・埋葬)をうけて、男が言葉をつなげているわけで、いわば言葉の掛け合い、ピンポン的会話といいましょうか。
フランス映画やTVなどを見ていると、この手の、相手の言葉をうけて会話をつなげるテクが、とても多いような気がします。
もちろん日本でもこういった言葉の掛け合いで会話することもあるけれど、なんというか、あまりやりすぎるとうさん臭いというか(笑)、なんだこいつ?てな感じにもなりかねない。
そして、この「à propos d’enterrement(葬式のことだけど)」がもし字幕になったときどうなるのだろう?と考えると夜も眠れないわけですが(笑)、たぶん字幕はつかないのではないかと想像します。
ついても、「ところで…」だけになってしまうのが関の山?
葬式はどこへ…?(笑)
残念といえば残念なんですが、けっきょく原語で映画なりドラマなりを理解するということは、こういうことなんだろうとおもいます。生の会話を聞いてぷっと吹くか、字幕を読んでしれっとするか、この辺は言葉を知ってる者勝ちという気もします。
余談ですが、ここで間違っても la tête d’enterrement などと言わないように。
なんか、棺おけの中に入っている頭だけとか、これから埋める頭を作っている人などとカンチガイされそうです。
「頭」続きで余談ですが、grosse tête という言葉があります。
この言葉がまた不思議でして、
Il est une grosse tête
のように、etre+不定冠詞がつくと「物知りだ」「頭の切れる人」という意味になって
Il a la grosse tête
avoir+定冠詞を使うと「思い上がっている」という意味になるから不思議。
そしてまた faire une grosse tête は、「相手の顔がはれるほど殴る」という意味になるらしく、そうなるともうエスプリなんてあったもんじゃありません。というか、“でかい顔をつくる”…で、そのまんまじゃありませんか!


レス遅くなってすみません。
★Boa さん
おーやっぱり使いますか。おもしろいですねえ。
こういう会話は、実際にフランスに住んでみないとわからない部分はあるのですが、フランス人の会話の特徴なので、年齢や場所は関係ないとおもいますヨ。
冠詞の使い方は、日本人にとってひじょうにムツカシイのですが、見方によってはとても便利なものだと最近思うようになりました。
なにせ日本語で「あそこに子どもがいるよ」と言ったとき、一人なのか数人なのかわからないのですが、フランス語ではその辺明解にわかりますからね。
冠詞ネタはまだまだ続くとおもいます。
★ミユミユさん
いらっしゃいませ〜
ミユミユさんのフランス語お勉強ブログいつも拝見しておりますよ。
フランス語仲間がいると励みになります。
挫折の数は、わたしもミユミユさんに負けないくらい多いです(笑)
最近は、どんな形でもいいから続けて行くことが大切だと思うようになりました。
ヒアリング力は、どれくらいの量を聞いたかにかかってくると思います。
フランス語圏にいるならともかく、日本で勉強している以上、フランス語は自然と耳に入ってくる言葉ではないので、難しいところがあるのですがお互いがんばりましょうね!
冠詞ネタはつきないものがあるのですが、何かいいもの見つけたら、またブログでとりあげていきますのでヨロシク。
それから、grosse têteも、冠詞によって恐ろしいほど、全く違う意味になってしまうのですねー
勉強になりました。ありがとうございますー♪
面白いですね。
うちのほうでも「なんだよ、埋葬にでもいってきたみたいな顔してるな」なんて、言いますよ。やっぱりラテン語系で似てますね。
こういうピンポン的かいわって、都会の粋な若者だからなのでしょうか、それとも田舎の方でも普通に使われるんでしょうか?
しかし、定冠詞で意味がころころ変わるのには参ります。あなどれませんね。恐るべし定冠詞一族!