独学の独り言(1)
○○年ぶりかにこの春、試験を受けることにしました。
わたしはいわゆる検定の類の試験はとても苦手なので「DELF/DALF」の方。
ご存知の方も多いでしょうがこの試験はフランスでも通用するディプロムです。わたしのレベルは恥ずかしくてここでは披露できませんが、ついでと言ってはなんですが今までわたしが行なってきたフランス語の勉強の数々を雑感をふくめつつ書いてみます。

わたしはフランスには数回足を運びましたがすべて遊びで行ったので、現地で学校に通ってという留学の経験はなく、フランスから遠くななれた日本で、それも今はほぼ独学状態です。
好きだからこそ続けられる独学(笑)・・・ああこれが中学・高校時代だったなら当時の成績ももっとよかったろうになあとおもうこともあります。<深く後悔

日本でフランス語なり外国語を勉強する際の最大の難関は「聞き取り」なのではないかとおもうのですが、この辺は人によって意見が違うかもしれません。すでにフランスで生活したことのある方は聞き取りにさほど問題はないでしょう。置かれている環境によっては「文法」であったり「話すこと」であったり「書くこと」であったりするわけですが、個人的な見解を言わせてもらえれば「文法」は、自分がどこまで理解したいかによってそのレベルが変わってくるだろうし、単純に話すだけだったら文法のレベルもさほど必要なく、本当に確かな文法の知識が必要なときというのは、フランス語で文章を書くときと、文章(本)をきちんと理解したいときなんじゃないかとおもってます。

多読や斜め読みの類は、最近あちこちで流行っているようですが、たしかに多くの文章を読むことに慣れる意味ではよいとおもいますが、これに関して個人的にひとつふたつ疑問があるのですよ。
個人的には多読やったことないのでよくわからないのですが、あれって、分からない箇所があっても飛ばして読んじゃうんですよね?・・・ということは、分からないところは分からないまま何年もやり過ごしてしまうという危険性はないんですか?
たくさんの本を読んでいけば次第にわかるようになるというのも理屈としてはありですが、多読の良さを語る理由のひとつに「こどもはわからない箇所があっても気にしない」というのがあるようですが、わたしたちはもうこどもではないし、こども達のように時間があるわけでもない、もしかして明日死んじゃうかもしれないし仕事もしなきゃいけない、呑みにも行かなきゃいけないし家庭の事情もあるかもしれない。それに睡眠だって必要だ。
そんな多忙な日常を送っていて「こどものように」はいかないとおもいます。
それにひとたび大人になってしまうと、彼らのように「すべてを吸収する」頭でなく、「物事を理解する」頭になってしまっているので、わたし的には多読・通読の効用には一種の疑問を感じていたりします。・・・なんておもうのはできない者のひがみか(笑)?

それに多読推奨の専門サイトにいったりすると「○○万語を読んだ」などと読んだ文字の「数」だけがあげられていて、いやこれっていかにも日本人的だなとおもったりもするわけで、まるで「10カ国2週間の旅」みたいです。数多くの国に行くだけ行ってその実その国のことは何も理解していない。いいんですかそれで?とおもったりもします。

話がそれました。続きます。
「書くこと」は、これはもうはっきり言ってネイティブ並みに書けるようになるには日本にいては無理です。
フランスで学業を営み論文を書き、何度も何度も先生からチェックを受け、本も腐るほど読み、日本語の本と同じくらいのスピードでフランス語の本が読めるようになってはじめて、フランス人のように書けるようになるのであって、おそらく、人にもよるとおもいますが、こんなに高い知識をもってしてもやはり最終的にはネイティブの力を借りなければいけない。「書く」とはそういうことなんだとおもいます。
別な見方をすれば、書くことには別の才能が必要で、日本で生まれ育ってもきちんとした日本語が書けない場合もある。
そうおもえば、書ける書けないで悩む必要なんかぜんぜんなくて、書けなくてあたりまえ。だからいつでも添削してくれるフランス人のお友達や学校の先生が近くにいれば問題なかろうかと、わたしはこんな風に「書くこと」に関しては楽観的にみています。

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| 2007/02/15 - 11h | 独学でフランス語 | Comment (0) | この記事のURL |


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